こんにちは、taikiです。
グラップラー刃牙は好きですか?
グラップラー刃牙の中で、範馬勇次郎と刃牙がジャンケンをして、父親である勇次郎が強引にチョキでグーに勝つというエピソードがあります。
柔術を練習していたら、このエピソードを思い出させてくれるようなことがありましたので紹介したいと思います。
石をも断ち切る鋏がある話
『グラップラー刃牙』というハチャメチャな格闘技漫画の中で、最強の生物である範馬勇次郎と息子の範馬刃牙がジャンケンをするシーンがあります。
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『範馬刃牙』30巻より/板垣恵介,秋田書店
そこで、勇次郎はチョキをだし、刃牙はグーを出します。
しかし、勇次郎が強引にグーを切り開いてパーにしてしまいました。
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『範馬刃牙』30巻より/板垣恵介,秋田書店
そして、「この世には石をも断ち切る鋏があるッ!」と言って勝ってしまいました。
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『範馬刃牙』30巻より/板垣恵介,秋田書店
基本的にジャンケンは組み合わせや相性の例えですが、そのルールを逸脱する突飛なものも世の中にはあるというメッセージなのでしょう。
ただ、「石をも断ち切る鋏」を作り出すには凄まじい鍛錬と研鑽の積み重ねるが当然あるわけで、1日にして範馬勇次郎が出来上がらないように、「石をも断ち切る鋏」も作り込むには気が遠くなるような時間が必要です。
柔術をやっているとジャンケンのように相性を考えて正面からぶつからないような戦い方もあれば、「石をも断ち切る鋏」を作り込んで軸とする戦い方もあります。
私も三角絞め研究所という名前のブログを運営してきたこともあって後者だったのでしょう。
柔術を続けていると考え方も変わってくる
かつてこんな記事を書きました。
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かつて(出来るかどうかは別にして)「石をも断ち切る鋏」を作り込むことを目指していましたが、最近はまったく逆になってしまいました。
トップからパスガードするのが楽しいし、三角絞めは流れの中で出せそうな時に無理せずに出すイメージです。
あくまでその状況に応じて出来ることをやろうと意識しています。
それと同時に相手が得意技にこだわってきたら、あえてそれとはぶつからないような方向を選ぶようになりました。
☆
最近、練習終了後に練習仲間のSG氏と限定スパーリングをやっています。
SG氏は座った状態からのシングルレッグの攻防を特訓しており、立ち上がってテイクダウンを取る動きをしてきます。
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立ち上がってテイクダウンもいいけど、バックも狙ってみたら?
その中で、テイクダウン狙いに戻ってもいいし。
みたいな会話がありました(偉そうでごめんなさい)。
私は自分で言って、「そんなことを言うようになったんだ」と驚きました。
この発想は、「石をも断ち切る鋏」の発想からはちょっと離れてきていて、技が拮抗するのをさける方向に意識が行ってますね。
自分の中での意識の変化がハッキリと理解できた瞬間でした。
トップ選手はどう考えているのか
トップ選手のジャンケン論に対する考え方がインタビュー記事の中で伺えます。
金古先生の場合
金古先生のインタビュー記事の中で、金古先生の代名詞であるスパイダーガードを黒帯になって純度を上げたという話があります。
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これってジャンケンの話で言うと「石をも断ち切る鋏」を作り込むことを選んだということと解釈できるでしょう。
金古先生っぽくていいです(笑)
芝本先生の場合
記憶にも新しい芝本先生のインタビューでもジャンケン論を感じさせるコメントがありました。
技の拮抗を回避して、相手の集中力を分散させて突破すると仰っています。
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金古先生とは逆ですが、これはこれで芝本先生らしさが出ている気がします。
共通していること
お二人の話の中で方向性は違えど、共通していることがあります。
それは、ジャンケン的な「組み合わせや相性」と「石をも断ち切る鋏」の両方の戦い方があると理解した上で、自分が正しいと信じた方を選択していることです。
ガムシャラに練習しているのではなく試行錯誤した上で、自分のやり方にたどり着いたのでしょう。
こうやって考えると「柔術とは自分の想いを技や戦い方に乗せるもの」とさえ思えてきてしまいます。
まとめ:柔術とは自分の思想を乗せるもの!?
柔術を含めた格闘技は戦い方に性格が出るとはよく言われますが、逆に言ってしまえば、自分の主義主張や物事の捉え方といった『思想』が柔術というプラットフォームの上で戦っている思考バトルなのかもしれません。
早いもので私も柔術歴が8年になりましたが、ようやく『思考』を体現するのが柔術ということが見えてきたようです。
以上「柔術ジャンケン論「石をも断ち切る鋏」の話」でした。
あわせて読んでほしい
柔術が知的スポーツと言われる理由を「ガリ勉」と「アウトロー」という観点から考察しました。
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